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仙台高等裁判所 昭和27年(う)768号 判決 1952年11月29日

控訴人 被告人 村田邦海

弁護人 寺井俊正

検察官 馬屋原成男関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金壱万五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金弍百円を壱日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

弁護人寺井俊正の控訴趣意は、その提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。以下これについて判断する。

同控訴趣意中憲法違反の主張について。

憲法第三十一条の規定は、或る行為に或る刑罰を科するには法律で定めた手続によらなければならないということだけではなく、その沿革上、如何なる行為に如何なる刑罰を科するかといういわゆる罪刑法定主義をも定めた趣旨であること所論のとおりである。しかし経済統制等に関する法律がその立法目的を明示し、犯罪構成要件に関してこれを概括的に規定した上、その個別的構成要件を規定することを命令に委任することは、必ずしも罪刑法定主義に違背するものではないと解すべきである。

蓋し、法律に委任された命令により規定せられる個別的構成要件は、結局において法律に基くものであるといい得ると共に、それは明示せられた立法目的と概括的構成要件の制約内で規定せられるものであるから、法律的確実性と人権保障は害せられないものといえるからであり、他面、経済法規の性格上或る程度の委任命令を認めない限り、変転極りない経済変動の間に処して、不測の事態に対し臨機の措置をとり、その実効をはかることが不可能となるからである。所論の憲法第七十三条第六号は、却つて、法律の特別の委任ある場合にはその委任事項を命令で定め得ることを予定しているものと解すべく、即ち、同法条同号において、政令は特に法律の委任がある場合を除いては罰則を設けることはできない旨を定めているのは、法律の委任に基く政令により、その委任の範囲内で、国民の権利について一定の制限を設け、この制限に違反した者に対して罰則を科することができる趣旨であるというべきである。また、所論の憲法第二十九条第一、二項から、直ちに、所論のように、法律の委任に基く命令により、その委任の範囲内で、権利を制限することを一切禁止する趣旨であるとは解されない。

本件において、食糧管理法第一条は「本法ハ国民食糧ノ確保及国民経済ノ安定ヲ図ル為食糧ヲ管理シ其ノ需給及価格ノ調整並ニ配給ノ統制ヲ行フコトヲ目的トス」と明示し、同法第九条第一項は「政府ハ主要食糧ノ公正且適正ナル配給ヲ確保シ其ノ他本法ノ目的ヲ遂行スル為特ニ必要アリト認ムルトキハ政令ノ定ムル所ニ依リ主要食糧ノ配給、……譲渡其ノ他ノ処分、……ニ関シ必要ナル命令ヲ為スコトヲ得」と規定し、右の委任に基き、同法施行令第八条は「主要食糧の適正な流通を確保するため特に必要があると認めるときは、農林大臣又は……は、……場合を除いて、主要食糧を所有する者に対し、その者の行う主要食糧の譲渡に関し、その相手方又は時期を制限することができる」と規定し、それに基き、同法施行規則第三十七条は「……場合を除いて、米穀の生産者は、その生産した米穀を政府以外の者に売り渡してはならない……」と規定している。所論は、右同法施行令第八条と同法施行規則第三十七条は同法第九条の「……配給ヲ確保シ……為特ニ必要アリト認ムルトキハ」に制約せらるべきなのに、同法施行令第八条の「……流通を確保」は同法第九条の「……配給ヲ確保」の目的を超えるものであり、同法施行規則第三十七条は無条件で何等の制約が附せられていないと主張し、配給の確保に協力した供出完納者は同法施行規則第三十七条から除外さるべきであると主張する。しかし、同法施行令第八条は同法第九条の「……主要食糧ノ公正且適正ナル配給ヲ確保シ其ノ他本法ノ目的ヲ遂行スル為特ニ必要アリト認ムルトキハ」に制約せられ、同法施行規則第三十七条は同法施行令第八条の「……主要食糧の適正な流通を確保するため特に必要があると認めるときは」に制約せられるものであることは規定上明白であるから、同法施行令第八条が所論のように同法第九条の委任の範囲を超えているとはいえず、また、所論の供出完了者と雖も自由にその生産米を政府以外の者に売渡す場合は、同法施行規則第三十七条の制約たる「……主要食糧の適正な流通を確保する」ことを阻害するから、これを禁ずる必要のあること勿論である。従つて、右食糧管理法関係法規は憲法第三十一条に違反するものとはいえない。また憲法第七十三条第六号第二十九条第一項に反するものでないこと言をまたない。

なお、食糧管理法の目的は前記の如く国民全般の食生活その他一切の経済生活を安定確保すること即ち公共の福祉にあるから、前記食糧管理法関係法規は所論の憲法第二十九条第二項にも違反するものではない。

されば、憲法違反の所論は採用の限りでない。

論旨は理由がない。

同控訴趣意中量刑不当の主張について。

所論に考え、記録を精査し、そこに現れた一切の事情を考慮するときは、原判決の被告人に対する量刑は必ずしも相当とは認め難い。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条第四百条但書により、原判決を破棄して自判する。

原判決の確定した事実に、原判決摘示の各法条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村木達夫 裁判官 檀崎喜作 裁判官 細野幸雄)

弁護人寺井俊正の控訴趣意

一、原判決の示すところによれば本件は食糧管理法第三十一条の罰則に違反する行為なりというのである。併しながら同条は内容を何等規定するところなく、その充足を挙げて、同法第九条一項等の規定に依る命令の規制するところにゆづつている。これは我が憲法第三十一条の規定する罪刑法定主義の大原則に反し無効というの外はない。尤も憲法第七十三条六号の規定によれば特に法律の委任がある場合には政令により罰則を設けることが出来ることが窺われる。併し食糧管理法第三十一条の場合は、右委任による政令によつて罰則の設けられた場合とは異なる。何んとなれば同法は、刑罰は飽く迄法律による罰則の規定の形体をとり、さればこそ十年以下の懲役又は十万円以下の罰金という重罰が規定せられ居る次第である。斯かる重罰を規定し法律による罰則の規定の形態をとりつつ、内容を挙げて政令の規定に委ねるが如き二人三脚的規定は立法並行政機関の相互の責任の所在を曖昧にし立法府の仮眠、行政府の専横を招く虞多く、憲法第三十一条、七十三条の共に許容せざるところと解すべきである。

二、又、原判決によれば本件行為は具体的には食糧管理法施行規則第三十七条に違反せりというのである。併しながら右規則第三十七条が食糧管理法第九条に基く命令なりや否やは法文上何等明定なく僅かに解釈によりこれを推論し、従つて規則第三十七条違反行為は法第三十一条違反行為なりと推断するのであろうが、罰則規定が、かゝる直截明瞭を欠く方法を以て規定せられ、尚憲法の罪刑法定主義の要請を満すものと言ひ得るであろうか、殊に食糧管理法第九条は「政府は主要食糧の公正且適正なる配給を確保し、其他本法の目的を遂行するため特に必要ありと認むるときは政令の定むる所により主要食糧の……譲渡其の他の処分……に関し必要なる命令を為すことを得」と規定し同法施行令第八条は「主要食糧の適正な流通を確保するため特に必要があると認める時は、農林大臣……は……主要食糧の譲渡に関し、その相手方、又は時期を制限することが出来る」と規定し、同法施行規則第三十七条は「米穀の生産者は、その生産した米穀を政府以外の者に売り渡してはならない」と規定している。この場合、法の「配給の確保」と令の「流通の確保」は目的決して同じからず、寧ろ令の「流通の確保」は法の「配給の確保」の目的を超え、更に広きものとも受取られ、更に則の「政府以外の者に売渡してはならない」の定は、全くの無条件の規定であり、令竝法の目的規定と如何なる関連を有するや、之亦難解なる課題を提供し、被告人の如き又弁護人の如き、凡庸の徒には、容易く則より法に遡るを得ないのである。斯かる場合、法第三十一条が憲法第三十一条の罪刑法定主義の要請を満するものと果して断定し得るであろうか、疑なきを得ない。

三、被告人は従来より法第九条の所謂政府の「配給の確保」の目的に対する熱心なる協力者であることは、被告人より原審に提出の供米完納証明書竝表彰状により明らかなところである。被告人は毎年供出米を完納し、勿論昭和二十五年度も完納し居るところである。因みに昭和二十五年度は被告人の属する後潟村も、東津軽郡も、青森県も完納し居る処である。而して法第九条の目的は「配給の確保」を中核とするのであり、従つて令第八条竝則第三十七条が若し右、法第九条に基くものとせば一様に配給の確保のため特に必要ある場合なる限定を蒙るべきである。而して本件売買行為は原判決の確定する処によれば、昭和二十六年八月下旬というのである。昭和二十五年度の供出が前述の如く完納され、昭和二十六年度の米穀は未だ生産せられない。この時期に供出完納の被告人の譲渡行為を特に制限すべき如何なる必要があるであろうか、斯かる制限は法第九条に所謂供出を確保するため、特に必要なる制限に非らざること明らかである。従つて被告人の行為は則第三十七条に違反するとしても則第三十七条は制定者の怠慢により法第九条の要求せる処に超え、主要食糧の生産者に対し過重の制限を課したものであり、その限度に於いて、法第九条、延いては憲法第二十九条一項、二項に違反するものであり、無効であるから被告人の行為は無罪たるべきこと当然である。

四、以上の所論を仮に除外するも尚原判決は科刑甚しく重きに失し破毀せられるべきである。1、被告人方にては毎年百八俵程度の大量供出をなし、供出制度に対する熱心なる協力者として地方事務所長の表彰を受け居るものである(表彰状、供出完納証明書)併しながら反面被告人方にては、家族十二名の大人数なる上に水田一本の単位農家であり、現金収入としては供出米代金にのみ依存せざるを得ないのであるが、供米代金は周知の如く生産費竝に公租公課を辛じて償ひ、残余は甚だ乏しく一朝不時の失費を見る時は忽ち収支の均衡を破るに至るのである。2、かゝる際に、被告人弟広は昭和二十五年三月より肺結核に侵され、昭和二十六年三月よりは入院する身となり、現在に至り未だ退院のめども全然つかない実状にあり、被告人方の経済上の負担は容易ならざるものがあるのである。かゝる際被告人の三弟晃広亦脱腸のため昭和二十六年八月入院手術を要することゝなり、遽かに出費を増大し被告人は窮地に陥るに至つたのである。(以上診断書及証明書参照)。被告人父は肺結核の病篤い広を退院せしむるの外なしと決意するに至つたが、長男たる被告人はこれをしのび難しとなし時々佐々木宗治の買受申込に応じ飯米を割き本件売却行為をなしたのであるが勿論売得金は弟等の療養費に消尽せる次第である。3、かかる際に被告人が仮に法令の規定通り政府に売渡さんとしても斯かる供出時期外の売却には予算上の買取代金の準備なく、これを一々申請している場合いつの日に至り現金化せられるか甚だおぽつかない次第であり(複雑なる供米代金支払機構を一覧せられ度し)斯かる事情にある被告人に一々政府への売却を求めることは甚しく酷なることであり、寧しろこれを期待すること殆んど不可能ではなかろうか。兎も角、年々供出に精魂を傾け多量の供出を完納し、表彰を受けつゝ尚弟等の療養費に悩む被告人に対し、而も以上の如き逼迫よりの飯米の売却に対し、三万円の罰金刑を課するが如きは、被告人の生活上に殆んど回復するべからざる打撃をあたへることゝなり、甚しく苛酷なる処罰と言わねばならぬ。

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